幸福論

コロナ時代をどのように生きる?

雨が続いて走れないため、なんだかだるいShunです。私の家の周りには山も海もあるからコロナ自粛期間中も全然苦じゃない。それよりも、走れなくなると何だか身体も心もだるいな笑。

今日はコロナ時代にどう生きるか?戦っちゃ駄目でしょ!?について考えた。最近は子供の小学校でもオンライン授業が始まっている。先生たちがYoutubeで授業をして『コロナに負けるな!』と叫んでいる。オンライン授業がはじまって時代が進んでいることが嬉しい反面、『コロナに負けるな!』にはいやいや戦いじゃないし、勝ち負けでもないと思っている。いろいろな場所で『コロナに負けるな!』という言葉を聞くけど、むしろどうすれば共存できるか考えたほうが良くないか?と感じているんだ。

世界は共存共栄で成り立つ

私は世界は共存共栄で成り立っていると思う。よく、世界は弱肉強食だと言う人もいるが、それは一部の人間が社会をそのように捉えているだけで、自然は明らかに共存共栄だ。自然を弱肉強食で捉えるのは無理がある。たとえば、ライオンはシマウマを食べる。しかし、同時に不必要なときは食べない。なぜなら、シマウマを狩り過ぎてシマウマがいなくなればライオンも生きていけないからだ。そして、植物はライオンがシマウマを食べてくれることで、シマウマに食べ尽くされることもない。最後に生物は死ぬと土に帰って植物に栄養分となる。この関係を考えるとわかるが、どれか一つ欠けても生態系が成り立たないのだ。

ライオンがいなくなればシマウマが増えて植物がいなくなるし、シマウマがいなくなればライオンもいなくなる。この生物多様性が崩れる影響がどれほど大きいは歴史が語っている。アメリカのイエローストーン国立公園では最強の捕食者であったオオカミがヒトによって絶滅させられた。すると、その地域の生態系がぼろぼろになったのだ。それを取り戻すために、他所からオオカミを再導入した結果、ほんとうに昔の生態系がとりもどされていったのだ。自然界はバランスで出来ており、それは共存共栄しているから成り立つ。ただ強いものが勝つような世界ではないと思うんだ。

人間社会でも本当は弱肉強食の世界ではない。お互いに共存・共栄している。たとえば、竹田製菓株式会社(タマゴボーロで有名)のオーナーであった竹田和平さんは当時、社員が他社の商品を研究してそれよりも良い商品を作ろうとした際にこう言ったという。「そんなことは止めたほうがええ。その会社の食いぶちがなくなるがね。それよりももっとみんなが欲しくなって他の会社にも助かるようなこと考えんかね。」と。果てしなく大きい笑。

私は社会を共存共栄と捉えている人に魅力を感じるし、弱肉強食では一時的に成果を上げても常により強い誰かに怯えて暮らすことになると思う。

コロナは敵ではない

確かにコロナで多くの人が悲しんでいるのはわかる。だけど、コロナは敵ではないし、そもそもコロナも人間を殺してしまうと生き残れなくなるので戦おうとしているわけではない。だったら、コロナがある社会を受け入れて、その上でどう生きていくかを考える方が建設的だと思うんだ。

それにコロナの影響で地球環境が良くなったり、行政のIT化が進んだり、今まで進まなかったことが動きはじめている。今後もコロナはなくならないし、次の新しいものも出てくるだろうから、どんな事態が起きても共存できるような社会システムに変えていく方が良いと思っている。

そのための最初の一歩として、弱肉強食ではなく共存共栄で生きていくのもいいんじゃないかなって思うんだ。そんじゃ今日もEnjoy yourself!

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