学び

子供と自分に希少性の教育を!

民泊に1ヶ月泊まってくれるゲストがいて、ワクワクしているShunです。1ヶ月もいればすごく仲良くなるし、1ヶ月って働いていないの?とか気になる笑。

今日は希少性と教育について考えている。最近はコロナちゃんの影響で子供といる時間がすごい増えたんだ!それで考えるのは学校の宿題だけさせると心配だなってこと。学校の宿題が悪いとかではなくて、みんながみんな同じような漢字と計算の宿題をしている。するとみんなと同じことを考える人になる。これは激動の今の時代に合わない。これからの社会は多様性がすごく大切だと思うんだ。文化、思考、幸福、暮らしなど多様性のある社会ほど幸福度が高い。何に幸せを感じるかは人それぞれだから、そのそれぞれの生き方を尊重し合える社会は人がイキイキしている。

逆に『人類を少しでも前に進めないやつは駄目だ』や『夢や目標を持っていないやつはどうしようもない』みたいな思考に固定されると閉塞感を感じるようになると思うんだ。自分の趣味を楽しむ人や社会に貢献しなくても家族を大切にする人がいて、それぞれの生き方を認め合える多様な社会が楽しいと思っている。

それを考えると子供や自分の教育にも常識と逆に行ってみることが大切だと思うんだ。

社会の常識と逆に行ってみる

たとえば、私たち家族は新聞を取っていないし、テレビもほとんど見ない。何なら家訓の第一条は『食事中にテレビを見ない』なんだ笑。その理由はみんなが見ている情報には希少性がないから。新聞やテレビはみんなが見てくれている。だから、困ったときはみんなにその情報について聞けばいい。逆に私は私にしか持てないような情報を集めておく。そうすればみんなが困ったときは私が助けることができる。みんなで情報を共有すればよいのだから、みんなが持っていない希少性のある情報を取り入れるほうが良いと思うんだ。だから、あえて社会の常識と逆のことを学んでいくことが大切だと感じている。

ときどき、テレビや新聞を見ないと共通の話題がなくなるって人もいる。だけど私はわからないことがあったら逆に『それ教えて!』ってなるから、話題がなくて困ったことがない。むしろ、みんな喜んで教えてくれるし、私自身もみんなと異なる情報を持っているから「えっそんなことも知らないの・・・」って言われることもない。たぶん笑。

子供には希少性の教育を

子供の教育も同じで、みんなが漢字や計算をやっているなら、こっちはとにかく好きなことをやらせようとする。つまり、学校では共通言語として大切なことを教えてくれているから、家ではそれ以外の『遊ぶ力』や『自分を信じる力』を伝えようとしているんだ。

だから、まず朝に聞くのは「今日は何したい?」だ笑。すると私は子供が4人いるので「おままごと!」や「海行きたい!」や「お菓子食べる」とかいろいろな声が上がる。それを全部やるためにはどうするか聞くと、海に行ってピクニックごっこしてお菓子食べる!ってなるときもあれば、喧嘩して進まないときもある。私の家族は基本的に子供の問題は子供同士で解決してもらうので、喧嘩をしたらそのまま放置だ笑。そんなことを繰り返しながら自分が何をやりたいのかや遊ぶ力が身に付いていくと思っている。何をしたいかわからない人が多い社会で、はっきりと自分がやりたいことをわかっているというのは希少性が高い笑。

他にも子供にとって学校の先生ではなく、親にしか伝えられないことがあると思うんだ。それは『自分のことを信じる』ということ。何があっても私は子供のやることを信じている。簡単ではないけど、子供の想いを最後まで大切にするには覚悟が必要で、それは親にしか出来ない。学校の先生にそこまで求めるべきじゃないし、先生には先生しか出来ない上手な教え方がある。ここで大切なのは、子供に何かを伝えるときも他の人では伝えられない希少なことを伝えたほうが良いってことなんだ。

だから、子供の教育には社会の中でも希少なことと、自分が伝えられる希少なことを伝えていくのが良いと思っている。これは自分の教育でも同じで社会にとって希少なことを学びながら、自分の能力で尖ったところを育てる。もしも、社会にとって希少性が高くて、自分の能力も希少性が高いものが見つかったら間違いなく大成するよね。

希少性×共有の社会

そして、希少性の教育はこれからの時代に大きな力を発揮する。これからの時代は所有ではなく共有(シェア)の世界がさらに加速していく。中国人とインド人が一人一台の車を持つと地球の環境はもたない。大量消費の時代は終わり、物も情報も感情も幸福も共有される時代になるんだ。たぶん笑。

では全てのものが共有されたとする。質が良いけど一種類の物しかない社会と、質はバラバラだけどすごく良いものもあれば面白くて変わった物もある社会はどっちが幅広いだろうか?言葉を変えると質はある程度高いがみんな同じような思考の国家と、様々な人がいて一つの分野に飛び抜けた思考の人もいれば訳がわからない変わった人もいる国家はどちらに可能性を感じるだろうか?

共有の時代に大切なのは多様性であり、それは教育、文化、思考、幸福などあらゆる物事で幅の広さと自由度を生み出す。だから、自分にも子供にも希少性の高いところへ進む力をつけたいと思うんだ。希少性の教育こそこれからの時代で必要になることかもねって話でした!

それじゃEnjoy yourself!

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