スーパーで咳をするとチラッと見られる今日このごろ、みなさんいかがお過ごしでしょうか?小学校の頃、強烈に臭いおならをして周りからチラッと見られていたことを思い出しているShunです。
最近、新型コロナのお陰で競争の社会から共有の社会へと一気に移行するかもしれないと期待しているんだ。共有の社会はモノを所有するのではなく共有する社会だよ。ぶっちゃけ時間がかかると思っていたけど、コロナの影響で一気に移行するかも!
現在社会は競争社会
現代社会で生きていると自然と競争意識が強くなってしまう。社内では誰が昇格するか競って、会社のトップになったかと思うと競合他社と競う。挙句の果ては子供の頃から受験戦争で競う。こんな平和な時代に受験のために戦争するなんて・・・笑。
これは生き残るためには勝ち続けなければならないというメンタリティーから来ている。はっきり言うと他者を押しのけてでも自分が勝てばいいという考え方だ。だから「勝ち組」と「負け組」というアホみたいな言葉まで生まれてしまう笑。じゃあ果たしてこの先に幸せはあるのだろうか?間違えなくこの先に幸せはない笑。
たとえば競争社会が極端に激しい国に韓国がある。私はオーストラリアに1年間住んでいたことがあって、韓国人6人とルームシェアしていた経験がある。そのときに聞いた韓国の競争社会は強烈だった・・・。まず、韓国では一流大学に入らない限り、一流企業には入れない。子供の頃から毎日夜遅くまで塾で受験勉強を行う。親は子供が高額な塾に行けるように教育費を借金することもあり、社会的な問題にもなっている。そして大学に入れたかと思えば次は就活が待ち受けている。韓国の企業は就職時に資格の数を重視する。そのため、TOEICで高い点数を目指し、様々な資格試験の修得を目指す。私のルームメイトの一人はとても語学堪能だったけど、常にTOEICの勉強をしていた。そして、就職すると競争はさらに激化する。少ない役職のポジションを巡って激しい出世競争が繰り広げられる。もし50代になってもそれなりの役職に付けなかった場合は、肩たたきにあって子供の高い教育費だけが残るというのだ。こんなんだから、韓国の自殺率は世界でロシアに次ぐ第2位となっている。参考:国の自殺率順リスト – Wikipedia
このような競争社会は資本主義のネガティブな部分のひとつだ。競争社会は効率性や生産性を高めて社会を便利にする反面、「勝ち組」と「負け組」という考え方を生み出した。そして、人間を限界ぎりぎりまで学ばせ、働かせ、向上させようとする反面、身も心もボロボロになる人をたくさん作ってきた。その結果、競争に勝った一部の人が富を所有し、競争に負けた人は惨めな思いをしながら暮らすこととなった。競争によって確かに便利になったけど、自殺率は高くなって不幸になる人も増えてきたんだ。
共有社会とは?
このような競争社会と対局にあるのが共有社会だ。私のイメージではフィジーが近い。フィジーには『ケレケレ』という共有の文化がある。「私のものはみんなのもの。みんなのものは私のもの。」という素敵な文化だ。だから、バーでビールを飲んでいると隣の人が勝手に自分のビールを飲みだしたりする。もちろんあなたが隣の人のビールを飲んでも大丈だ笑。詳しくは以下の記事にも書いた。
ちなみにフィジーは主観的幸福度(自分は幸せだと感じている度合い)が世界で一番高い。ブータンは国家戦略としてGNH(国民総幸福)を目標としている非常にユニークな国だけど、フィジーは特に戦略はないけれども、結果として国民が世界一幸福な国なんだ笑。
この共有社会の最もよいところは人々に不安感が少ないということ。所有物の境界線が曖昧だから、自分のものを失う不安やモノが足りなくて困る心配が少ないのだ。モノは共有されているからね。共有社会は誰かが困っていたら助けるし、自分が困ったときも誰かが助けてくれるという文化なんだ。もちろん人を「勝ち組」「負け組」で分けるような馬鹿げた競争は起こりにくい。
そして、最も面白いのはこのような共有の社会はモノだけでなく人と人の境界線も曖昧ということだ。私とあなたは別々の存在ではなく、家族であり一つであるという感覚があるのだ。あなたの幸せと私の幸せが同じだから人々は自然と助け合うし、支え合う。日本で言う家族の単位がフィジーではとても大きいという感覚に近い。
最近はシェアリングエコノミーが注目されているけど、幸福度の観点からもすごく大切なあり方だと思うんだ。モノを共有する精神はいづれ人と人同士の感覚も共有する社会になっていくからね。そして、新型コロナウイルスは競争の社会に大きな打撃を与え、共有の社会への移行を早めてくれている。
コロナショックで競争から共有へ
コロナウイルスは人々の働き方を大きく変えた。会社に通うことなく自宅でテレワークをする人が増え、家族や大切な人と過ごす時間が増えたのだ。するとどうなるだろうか?私たちはこれまでの競争社会にバカバカしさを感じるようになる。
私は最近、子供4人とずっと家にいる。私の仕事(民泊業と健康教室)はコロナの影響で大打撃を受けて暇だし、HP作成事業は家でもできるから基本的に家にいる。すごく時間セレブなんだ笑。それで妻が働いている間に私は家で子供たちと遊んでいるわけだ。そして、その合間にこのブログを書いている笑。まあ、大変といえば大変だけど、子供たちといる時間はけっこう幸せだ。子供たちとライザップのビフォアーアフターのモノマネをして大笑いしたり、いなり寿司を作ってみんなでお米だらけになって大笑いして過ごしている笑。
すると会社内での出世競争や競合他社とのシェア争いが人生の幸せとすごく遠いところにあると気がつくんだ。だって、私が死ぬ前に出世競争で勝ち上がったなとか会社を大きくしたななんてまったく思わないはずだ笑。それよりも子供たちと笑い合った日々や妻と結婚しようと思った瞬間なんかを思い出すんだろうな。
私たちは社会が機能しなくなってはじめて、競争は人生の本質的な幸せに関係ないことに気がつくのかもしれない笑。そして、家族と笑い合った時間や仲間と過ごしたことの方が大切だなと思い出すようになる。
確かにコロナウイルスで苦しんでいる人は多い。だけど、コロナが収束すると競争社会よりも共有する社会の方に軸足が移っていくはずだ。そうなっていくとすごく嬉しいな。
もし共感してくれたらぜひSNSで共有(シェア)してほしい笑。そんな社会になったら素敵だし、所有ではなく共有の文化を広げていきたいね!
そんじゃEnjoy yourself!
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